多摩から世界へ

徒然なるままに、多摩より世界へ情報発信をしていきます

Category: 地理 (page 1 of 3)

なぜ日本の有名な花火は東北・北陸(大曲・長岡)地方なのか?

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夏の風物詩花火。みなさんは今年どこの花火を見に行きましたか??いろいろな場所で打ち上げられる花火ですが、日本で最も有名かつ壮大と名にしおう花火こそが秋田県大曲市で行われる「大曲花火大会」と新潟県長岡市で行われる「長岡まつり大花火大会」ですよね。

私は両花火大会とも見に行ったことがありますが、これまで見た関東の花火の比ではありませんでした。そして、見る側のレベルも高い高い!長い歴史と文化が見る側と打ち上げる側のレベルを高めいているんでしょうね。

さてさて、ここで少し気になる点が。大曲と長岡、どちらも関東でもなく関西でもないんです。もともとは徳川幕府の下で発達した花火文化ですが、なぜ東北の大曲と北陸の長岡で栄えてるんでしょうか?これを気候と地形の観点から解いてみたいと思います。

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意外と多摩人も知らない、玉川上水の歴史を簡単に解説

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玉川上水。多摩に住んでる人であれば一回は見たことや聞いたことはあるのではないでしょうか?今でも玉川上水沿いは緑多く、生態系が豊かなことで親しまれていますが、玉川上水とは何物なのか?だれがいつ作ったものなのか?意外と多摩人でも知らない人が多いので、分かりやすく解説します。

玉川上水はいつ作られたのか?

玉川上水は「上水」と名がつくとおり、自然の川ではなく人の手によって作られた水の路です。そして玉川上水は多摩川の羽村地点から取水し、武蔵野台地を通り、四ツ谷まで続く水路です。そんな羽村から四ツ谷までの約43kmからなる水路をいつ誰がつくったのか?時代は江戸時代まで遡ります。時に1653年のことでした。

水路工事の発注者は「江戸幕府」です。そして工事請負人が「庄右衛門・清右衛門兄弟」、世に言う「玉川兄弟」ですね。

まとめ

  • 玉川上水はいつ作られたの?→1653年(江戸時代)
  • 玉川上水の長さは?→羽村から四ツ谷までの約43km
  • 玉川上水は誰が作ったの?→発注者は江戸幕府。工事請負人は玉川兄弟。
なぜ玉川上水を作ったのか?

ではなぜわざわざ43kmもの玉川上水を作ったんだと思いますか?それは、「江戸の水不足の解消」です。当時の江戸は井の頭池(現、井の頭公園)を取水口とする「神田上水」「赤坂溜池」(現、溜池山王)を駆使し江戸の水源としていましたが、江戸の人口爆発により水不足が発生してきました。そこで登場したのが、多摩川を水源とする水路です。それが、玉川上水でした。

まとめ

  • 玉川上水はなぜ作られた?→江戸の水不足問題解消のため
  • 神田上水や赤坂溜池だけでは、江戸の人口をカバーしきれなくなった
1年もかからず、工事終了

玉川上水、なんと1年もかからずに完成してるんです。工事着工が1653年(承応2年)年4月4日に対し、完成が同年11月15日です。当初は取水口を日野に定めていましたが、水を吸いやすい関東ローム層にはばかられ断念。次に福生を取水口に定めましたが、硬い岩盤により断念。最終的に羽村が取水口となったわけです。

そして、羽村から四ツ谷までの高低差はたった約92mでした。途中で上り坂にあたれば水は止まる高低差ですが、巧みに武蔵野台地の稜線を使ったことで、高低差の問題はクリア。そして、素堀り(補強等を行わず、掘削のみ)方式での引水のため、短期間で工事が完了。ここに、玉川上水が完成しました。

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玉川上水完成の功績で、工事請負人である庄右衛門・清右衛門兄弟は玉川姓をあたえられたというわけです。

まとめ

  • 工事期間は1653年4月4日~11月15日→素堀りにより短期間で完成
  • 高低差は約92m→武蔵野台地の稜線を利用
玉川上水の功績

ここからは私見です。玉川上水の最大の功績は「武蔵野開拓」「現在に続く豊かな生態系」の二つだと考えています。江戸時代、現多摩である武蔵野台地はうっそうとした武蔵野林がひろがっていました。そこに水田や畑を作ることができ、江戸の一大生産拠点となりえたのは、玉川上水からの引水の賜物です。

そして、玉川上水は現在でもなお自然豊かな生態系を維持しています。春から夏にかけてはホタルも拝むことができます。

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カモちゃんももちろんいます。写真は小さくて見えずらいですが。

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そんな玉川上水、今では文化財保護法に基づく史跡に指定されています。いつかは、羽村取水口から玉川上水の終点まで歩いて旅をしたいと思っています。

玉川上水って実はこんな素晴らしいものだったって知ってましたか?春には桜も綺麗なんです。この記事をお読みの方はぜひ、玉川上水に一度足を運んだり、改めて玉川上水を見つめなおしてみてはいかがでしょうか。
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小金井にある質屋坂の歴史歩く

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東京都にある小金井市、多摩東部にあるこの地にあえて訪れようとする人はなかなかいないと思いますが、実はかなりの歴史や史跡が残る町なんです。また町自体もJR中央線の 高架化に伴い、周辺整備が進みかなりモダン化してきています。そんな中、「質屋坂」というおもしろい坂があったので行ってきました。

坂という名が多いには理由がある

この地には国分寺崖線が通っており、町の南北で高低差がかなりあります。これは国分寺崖線や立川崖線が通っている多摩中央部と同じ特徴ですが、それゆえに坂が多いんです。そのため、「〜坂」や「〜坂上」、「〜坂下」という地名が各所にみられます。この質屋坂もこのうちの一つですね。地名には多くの場合その由来の理由があります。地理系の地名が含まれている場合、その多くはその地形に由来します。

質屋坂の歴史

shichiya2一言でいうと、この質屋坂は志木街道の旧道です。志木街道とは埼玉県の志木から武蔵国の国府である府中へと続く街道で、商人が多く往来していたそうです。なぜ質屋坂かというと、当時の下小金井村の星野家が開いていた質屋があったからです。当時は府中が武蔵国の中心だったため、府中の地を中心として人と物の往来が多かったんですね。人見街道なんかもその最たる例です。

徒歩は歴史を感じられる手段

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坂道一つをとっても、上記のようにこれだけの歴史がつまっています。また、史標も建っており、このあたりだけやたらと雰囲気もいけてます。車で通れば一瞬で過ぎ去るただの風景ですが、徒歩でゆっくり街中を歩くと普段思考を止めている多くのことが見えてきます。時間がある時は歩いてゆっくり町中にある道を歩いてみると、おもしろい発見が随所にありますよ。
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御殿場の地名の由来とは徳川家康に起因する

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「御殿場」といえば、まず最初に思い浮かぶのが「御殿場プレミアムアウトレット」だと思います。東京から程よい距離があり、またブランド店の数も都内のそれと比べるとかなり多いので、私もよく訪れます。何よりも富士山と箱根山系に挟まれている地形と環境がグッドなんですよね、ここ。それよりも何よりも私がここで言いたいのは「御殿場」という地名です。この地名、なかなか聞きませんよね?地名に「殿」「宮」がつく場所というのはだいたい何かあった地名なんです。かくいう御殿場も面白い由来があります。

あの徳川家康に由来する

御殿場を語るうえで、徳川家康は外せません。1615年~1616年にかけて、徳川家康はこの地方の沼津代官に、家康が使う御殿(休憩所)とその周辺開発を命じました。実際には、沼津代官が芹澤将監に対して建設命令がおりました。そして、その御殿を中心に御殿新町が生まれ、「御殿のある場所」ということにちなみ、「御殿場」という地名が誕生しました。

実際には使用されなかった・・・・

しかしながら、この御殿は実際に徳川家康によって使われることはありませんでした。というのも徳川家康は1616年にこの世を去っています。享年75歳でした。この時代にしてみれば、かなりの長寿です。天下をとる人物というのは精神的にも肉体的にも強い人なんでしょうね。死因は鯛のてんぷらを食べたことによる食中毒であるとか、胃癌であるとか言われていますが、病状をみるかぎり、胃癌ではないかと個人的には思っています。

なぜこの地に御殿を設立しようとしたのか

ここからは全くの推測になります。この時代、一番隆盛した道は「東海道」です。江戸と京都・大阪を結ぶ道は日本の大動脈でした。これは今もかわっていませんが。そして御殿場の地、これは徳川家康の故郷である岡崎と江戸城の中間地点に位置します。やや江戸よりですが。また、富士山系や箱根山系の影響で自然環境や水源もしっかりしており、また、古くは北条家と武田家で幾度と無く戦が繰りひろげられた場所でもあります。つまり、「要所」なんです。戦略的観点からも、家康の岡崎と江戸の往来という観点からみても、非常に目の付け所がシャープな位置なんです。自分が家康であっても、箱根や御殿場にはなんかしらの戦略的配置をしていたと思います。箱根は箱根の関がありますが。

 

御殿場に訪れる際は、いつもこのようなことを考えてしまいます。アウトレットで買い物をしているときはそんなことは吹き飛びますけどね。他に殿とつく地名があれば、調べてみたいものです。

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東北地方で「館」の名前がつく地名の由来と意味とは

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東北地方を旅したり、地図を見ているとやたらと「館」もしくは「舘」という字のついた地名が多いことに気がつきます。主な例をあげると・・・・・

  • 平館(青森)
  • 田舎館(青森)
  • 大館(秋田)
  • 角館(秋田)
  • 飯館(福島)
  • 月館(福島)
  • 築館(宮城)
  • 館岡(岩手)

うえに挙げたのはほんの一例ですが、おそらくもっとたくさんあります。群馬県、栃木県にも「館」がつく地名が一部存在しますが、多くは東北地方となっています。ちなみに、「館」の意味ですが・・・・・・

「たち」「やかた」とも読む。もともと,六位以下の家柄をさしたが,次いでその邸宅をさすようになった。特に平安時代には国司や郡司の邸宅をさしたが,中期以降,地方土豪の武士化につれて,砦など軍備を伴った居所を意味するようになった。

つまり、軍事的な要素が強いことを意味します。東北地方は昔「蝦夷」や「道の奥、または未知の国」という意味での「みちのく」と呼ばれており、中央集権社会から隔絶された、いわば「別の国」でした。坂上田村麻呂が東北征伐を行っていることからも、容易に想像できますよね。

 

もちろん遠征ですので、戦いが終わったら都へ凱旋します。その時に残してきた砦や軍事拠点が「館」ということです。「館」のつく地名のそばには「柵」、「関」、「門」などという地名が多く存在しますが、館を中心に柵・関・門を設けることによって、強固な軍事拠点を築いていたのでしょう。

 

九州から関東にかけてはすでに中央集権社会に組み込まれていたので、東北は「遠征」が発生し「館」を中心とした軍事拠点を楔を打つように作ることによって、点が面となり、その支配下が中央集権社会にさらに組み込まれ日本という国が成り立ったのだと想像しています。

 

地名一つとるだけでも、昔の歴史とイメージが広がります。
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セミの鳴き声に対する外国人の反応やいかに?

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日本の夏の風物詩でもあるセミ。これは有名な話ですが、セミの鳴き声は外国人(特に欧米の人々)にとってはノイズ音や雑音に聴こえるみたいですね。なんでも日本人は言語脳である左脳で虫の鳴き声を聴き、西洋人は雑音と同じで右脳でそれを処理するからそういう風に聴こえるのだとか。最近では日本のアニメや映画でもセミの鳴き声が聴こえるせいもあり、「日本らしい」というものの見方まででてきているそうです。が、私はあまりそうはおもいません。

 

では日本人はなぜセミの声を「夏の風物詩」であったりとか「情緒」と感じるのでしょうか。

 

私の考えでは、ズバリ日本の四季がはっきりしすぎているからということです。それはつまりどういうことかと言うと、あたりまえの表現になりますが、同じ気候が長くは続かないということになります。実はそれを日本人は「無常」と名づけました。常に同じものは続かない、だからこそ切なさやさびしさ、また懐かしさがうまれたのでしょう。日本人にとってはこれはあたりまえのことですが、ここまで四季がはっきりしている国はめずらしいんですよ。しかもバランスもとれています。

 

そのため、冬には夏を懐かしくおもい、夏には冬が来るための準備をしてきました。それは、それぞれの四季への想いとなり、季語がうまれ、「わびさび」へと昇華しました。そうやって、日本人の感性がみがかれ続けた結果、究極ともいえる「虫の声」を季節に結びつけ、それが情緒となりました。

 

それこそが日本人の「セミの声」に対する姿だと思います。誰しもがセミの声をきくと「夏が来た」と思いますよね。

 

古代ローマ時代、シルクロードの終着点であり、東の最果てであるこの地で「無常」や「わびさび」がうまれることを誰が予想していたでしょうか。文化というのはそういうところからうまれます。
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世界一長い地名と世界一短い地名はどこでしょう?

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わたしの部屋には小さい頃、メルカトル図法のでっかい世界地図が壁にはってありました。そのため、今でも地図を何時間みていても飽きないどころが、軽い地図や地理、地形マニアというかとても詳しくなっています。親としてはどんな心境なんでしょうか笑 さておき、世界地図というのは、写真や動画とは異なり、自分の頭で様々なことを想像するのが最大の特徴だと思います。その分、変わった名前の地名や変わった形の島なんかがあると、しらずしらずのうちに記憶してしまっていたりします。その中で、特に面白いのが「地名の長さ」です。これはギネスにも記載されている項目ですが、意外と知られているようで知られていない「世界一長い地名」と「世界一短い地名」についてご紹介したいと思います。なかなか面白いですよ。世界一長い地名

世界一長い地名は・・・・・・

タウマタファカタンギハンガコアウアウオタマテアポカイフェヌアキタナタフ

です!もう一度いいます。

タウマタファカタンギハンガコアウアウオタマテアポカイフェヌアキタナタフ

です。笑 英語で書くと

Taumatawhakatangihangakoauauotamateaturipukakapi kimaungahoronukupokaiwhenuakitanatahu

となり、世界一長い地名としてギネス記録に登録されています。どうしてこうなったのか分かりませんが、もはや覚えさせる心が全くかんじられません。これはニュージーランドの丘の名前だそうで、英語ではなくマオリ語みたいですね。意味的には「タマテアという大きな膝を持ち山々を登り陸地を飲み込むように旅歩く男が愛する者のために鼻笛を吹いた頂」だそうですが、それは地名というより「そういう話があった」ということだけでは?と思いますが、まぁいいんです。そうなってしまったのはそうなってしまったで正しいことですからね。

世界一短い地名

これは日本人であればだいたい想像つくと思います。そう!あそこです!

です!もう一度いいます。

です。まぁこれは誰がなんといってもそう思いますが、一番大事なのはアルファベット表記です。アルファベットでは

Z

と表記するんです。ローマ字では「Tsu」ですが、英語だと「Z」になり、結果的に世界一短い地名としてギネス記録に登録されています。意味的には以前記事でも書きましたが「港」を意味します。

 

「津」の詳細は→津と港と湊の違いと意味について

 

地名シリーズは、上記以外にもいろいろな楽しみ方がありますので、随時小出しにしていきたいとおもいます。地名ファンならこれも知っときましょう。今、地名界では旬です。

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標高1472m!柳沢峠からの景色と柳沢峠茶屋の山菜とろろ蕎麦が良い!

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日本秘湯を守る会の会員宿、裂石温泉雲峰荘の帰り道、青梅街道の最高地点である柳沢峠で一休憩。

前回記事→大菩薩峠のふもと!日本秘湯を守る会、裂石温泉・雲峰荘に行ってきた

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柳沢峠とは、山梨県甲州市にある標高1472mを誇る峠で、山梨方面から多摩へとつながる青梅街道が通り、その最高地点に位置します。日本の峠文化をそのまま反映したかのごとく、峠には休憩ポイントとして「柳沢峠茶屋」があります。

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峠好きとしてはいかないてはありません。ということで昼ごはんもかねて「柳沢峠茶屋」で一休憩!どうやらここはとろろ系のうどん・そばが有名みたいですね。ということで山菜とろろ蕎麦を注文!よくある味かとおもいきや・・・・う、うまい!!思わぬ収穫でした。予想のはるか上を行くうまさです。山菜がたっぷりと入っており、とろろも新鮮そのもの!いい具合の冷たさでペロリとたいらげてしましました。

とろろそば、うまいですよ〜。家で夜食に食べてます。

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店の中はこんな感じです。冬はめちゃくちゃ寒くなるんでしょうね。ストーブとおでんの形跡が。

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どうやら名物のソフトクリームもあるみたいなので、もちろんそれも注文。・・・う、うまい!きなこと黒蜜の絶妙のハーモニー。うまいぞ、峠の食べ物は!!!

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また、山梨らしくぶどう液がうってました。ストレートのぶとうジュースです。山梨に近い多摩人はよくみる風景ですが、他の地域の人はそう多くはみないんじゃないでしょうか。

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そして、なんといってもここからの眺めは最高!天気の良い日は富士山が見れるみたいです。あいにくもやがかかっていたので、そこまでの眺望ではありませんでしたが、絶景でした。また、山と山の間にある峠らしく、鳥の鳴き声が山々にごだましていて心洗われました。いいですよ、峠は、やはり。

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日本独特の文化である峠文化。ぜひ、みなさんも峠を訪れたときは堪能してください。

峠文化について→トンネルの歴史と峠文化の重要性について
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軽井沢の白糸の滝がパワースポットな件

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いきなりですが、自分は軽井沢が大好きです。子供の頃から何回も行っているので心象風景になっているのかもしれませんが、その高原ならでは気候や空気の澄み渡り具合、食べ物や建物にいたるまで全てが素晴らしいと思います。間違いなく日本で大好きなスポットの一つであると断言できます。

 

そしてつい先日、性懲りもなく軽井沢へ行ってきました。軽井沢といえば駅前にある西武グループのプリンスアウトレットがいまや代名詞となっていますが、個人的にはあそこはやはりアウトレットから脱しません。軽井沢はそこにはありません。個人的に軽井沢の中で自信をもってお奨めできる場所の一つ、それが「白糸の滝」です。

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白糸の滝

軽井沢(長野県)と北軽井沢(群馬県)を結ぶ白糸ハイランドウェイ沿いにある。 落差は3 m余りだが、幅は70 mに及ぶ。 地下水を源流とする潜流瀑であるため、概ね流量は一定で濁らず、晴雨に左右されることなく常に幾条もの白糸のように清水が流れ落ちることから命名されたと云われる。 滝面は湧水を直下させるために、人工的に掘り込んで造成されている。 直ぐ下流にも人工の段瀑がある。全景が庭園風のたたずまいで、人手が加わっているが愛好者が多い。 現在、白糸ハイランドウェイ沿線の最大の観光地となっている。

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ここ、何回も訪れていますが、何度行ってもいいんですよね。苔のむした感じや、滝ならではの清涼感がたまりません。また、滝の名前にもなっているとおり、白糸のように幾ばくもの流れができており、落差が少なく、幅が広いという珍しい滝ゆえに、その眺めも壮大です。パノラマの滝というところでしょうか。最近ではパワースポットとしても紹介されているみたいですね。パワースポットという言葉は個人的にはどうかと思いますが、確かにそう思わせる凄みはあります。私が訪れたときには15年前と異なり、外国人観光客もかなりの数いらっしゃいました。

写真 2015-05-09 14 14 471すばらしいですね。かなりヒンヤリします。これが千曲川になるんですね。

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ただ、入り口にある岩魚(イワナ)の串焼きを売っている店はいまだに健在でした。また、滝もあいもかわらず流れ続けていました。それは15年たっても変わっていません。国敗れて山河あり感がでていて、ノスタルジーさを感じました。ぜひ、軽井沢に立ち寄りの際は訪れてみてください。軽井沢銀座より白糸ハイランドウェイに乗り20分ほどでいけます。

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標高2172mの日本国道最高地点!草津志賀高原ルートの渋峠に行ってきた

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日本で一番高い山はもちろん富士山です。標高3776mですね。では、日本の国道で一番高い場所はどこでしょうか??

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先日草津に行ったとき、そんなことは露知らずに草津志賀高原ルートを走っていたのですが、その道中でたまたま発見しました!!!それがここ!渋峠です。標高2172m!!たしかにかなり登りましたが、こんなに上ってきたとはおもっていませんでした笑 そして上の写真の石碑も発見。ここが日本国道最高地点なんですね~。人もたくさん来ていました。有名なところなんですね。私はもらいませんでしたが、付近のホテルで「日本国道最高地点到達証明書」が販売されているみたいです。

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この渋峠は横手山と白根山の間を通過する峠で、志賀草津道路(有料道路)として1965年に開通したとのこと。それを1992年に無料開放され国道292号に組み込まれたみたいですね。また、このあたりは標高も高いこともあって、1年の中で気温が20度に達することはほぼないみたいです。ちなみに、私が訪れた5月は気温3度でした!!!笑 めちゃくちゃ寒いです、ここ。近くのゲレンデは普通に営業していてスノボやスキーをしていましたよ。そしてこの付近は日本海からの風と太平洋からの風がちょうどぶつかるところで、めちゃくちゃ風が強いです!標高が高く、そして風も強いため草木の高さが在る一定の高さでとまっています。成長限界というところでしょうか。

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しかし眺めや空気の気持ちよさは格別です。まるでヨーロッパアルプスにいるかのような錯覚を覚えるのもこの草津志賀高原ルートの特徴です。たまに硫化水素がもくもくと沸いているところもありますが笑

ぜひ、草津や軽井沢付近を訪れた方はいってみてください。ちなみに、冬季(11月~4月下旬)は閉鎖されますので、初夏にいくことをおすすめします。

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