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dangozaka

山梨県上野原市に談合坂という地名があります。車を乗る人はわかると思いますが、中央自動車道の談合坂サービスエリアとしても有名ですね。四方津もそうですが、実はこの東京、神奈川から山梨県の甲府にかけては特徴的な地名がとても多い地域です。

四方津の由来について→四方津の名前の由来〜千と千尋の神隠しの舞台〜

「談合坂」の由来にはいくつかの説がある

さてさてこの「談合坂」という地名の由来ですが、いくつか説があります。

1.周辺の集落の話し合いの場がこのあたりで行われた。
2.戦国時代に武田氏と北条氏との間で停戦調停が行われた。
3.武田氏から北条氏へ嫁に行く際の決まりごとが話し合われた。
4.この地に桃太郎伝説があり、ここで雉や猿や犬をキビ団子でてなづけた。

四方津の由来同様、ここでも推察してみたいと思います。

停戦調停や談合説はやや考えずらい

まず、2と3です。この談合坂や小仏トンネル付近というのはちょうど甲州と相模、武蔵の国の境に位置します。そのため、戦国時代は武田氏と北条氏の激戦区であり、大切な国境でもありました。談合坂の近くでいえば、武田方小山田氏の居城である岩殿城があったり、北条方の小田原城に対する支城である八王子城や滝山城などがあります。つまり、武田氏と北条氏の中間地点であることは否めません。しかしながら、この談合坂付近で和議が行われたというはっきりとした文献は残っていません。また、戦の記録もありません。かの有名な甲相駿同盟もこの地で行われたものではありませんでした。

そして、戦国時代では嫁を嫁がせるというのは同盟やお家のためであり、国そのものの行く末を決めるものでもありました。そのような話し合いがどちらの居城でもないこの地で行われたというのは少し考えづらいです。

 

停桃太郎伝説はぶっ飛びすぎてないか?

そして4ですが、桃太郎伝説はやはり吉備の国、岡山です。きびだんごというくらいですからね。おもしろい考え方ですが、やはりちょいとぶっ飛びすぎてるきがします。もし団子をとるのであれば団子坂で良いのでは?とも思いますし。

地形学的観点から考えて一番妥当なのは・・・

そのため、私の推察では1の集落の話し合いが行われた、というのが一番現実的であると思います。それは地形学的な観点からもうなずけます。談合坂付近よつぶさに観察するとよくわかりますが、談合坂付近には小さな集落が今でも存在しています。また、このあたりの地形は狭く平地が少ないんですが、この談合坂付近だけは比較的広い平地が広がっています。近くには小仏峠や隘路がおおいため、昔の旅人や村人はこの談合坂の平地は一休憩し、話し合いをするにはちょうどよかったのでしょう。

 

文献や伝承等が残っていなかったり、仮にもし残っていても内容に疑問点があったりします。その場合、客観的に考えて一番参考になるのが「地形」と「気象」です。これだけは昔とほとんど変化なく今につづいていますからね。そのため、何か昔のものを推察するには、まず地形と気象の観点からつなげていくと、ある程度合点のつく推察ができると私は思っています。

 

ぜひ、談合坂にいった際はその地形に注目してみてください。地形ファンにはたまらない地形ですよ。

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