Pocket

todaiji

東京都の多摩に国分寺という市があります。位置的にもちょうど東京都の真ん中、重心があるのが国分寺なんです。地理界隈では、国分寺崖線でも有名ですね。そんな国分寺、ふと考えてみれば少し変わった地名ですよね?その歴史を紐解いていきます。

国分寺は全国に存在する

まずは国分寺の歴史からです。かなりさかのぼります。西暦741年に時の天皇である聖武天皇が、「全国で天災や凶作があいついでいる。仏様の力を借りて鎮静せよ」という国家鎮護のお触れを出しました。そこで決まった内容というのが

  • 各国に国分僧寺を建立する
  • 各国に国分尼寺を建立する

というものでした。ここで注目すべき点は「各国に」という点です。そう、つまり国分寺は当時の国毎に必ず一つ建立されました。今の東京都は当時は武蔵国だったので、武蔵国の国府である府中からほど近い場所に国分寺が立てられました。それが今の国分寺の地名由来です。そのため、東京都の国分寺のことを「武蔵国分寺」なんて表現をします。他国の国分寺とわけるためにですね。

なので、三河の国には三河の国分寺が、尾張の国には尾張の国分寺が建立されました。

壮大な国家プロジェクトの総本社は東大寺

全国に寺を建てる、これはこの時代において壮大なる国家プロジェクトです。ここまで体系だった寺整備はかつてありませんでした。人、モノ、カネ、かなりの量が動きます。

そして当時の都は平城京、つまり奈良です。この国分寺プロジェクトの総本社は我々もよく知っているあの「東大寺」なんです。東京都の人なら修学旅行で一度は訪れている(かもしれない?)東大寺、実は国分寺の親玉だったんですよ。

東京都にある国分寺の現在の姿は?

残念ながら、現在において当時の国分寺の姿はのこっていません。1333年の鎌倉騒乱の時代に、新田義貞軍と足利尊氏軍の分倍河原の合戦の最中に消失してしまいました。ちょうど今の府中、国分寺あたりが主戦場でしたからね。残念なことです。

そして武蔵国分寺内容について、実は近年まであまり分かっていませんでした。近年の発掘調査で徐々にその姿が分かってきたという段階です。それにより、七重塔があったことや、かなり大きい規模だったことはその発掘の成果によりわかってきています。場所はかの国分寺崖線の近くです。南には野川が流れています。風水的にもばっちりな場所だったのがうかがえますね。

他国の国分寺について知ってる方がいたらぜひ教えていだたきたいくらいです。

にほんブログ村 その他生活ブログへ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ

Pocket