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東京都周辺には「武蔵」の付く地名が多くあります。武蔵五日市、武蔵小金井、武蔵境、武蔵小杉、武蔵浦和、武蔵溝ノ口・・・・挙げればきりがありませんが、なぜ武蔵の地名が多いのかを紐解いてみたいと思います。

武蔵国の成立

東京都・埼玉県・神奈川県の一部は7世紀前後の「令国制」の開始とともに「武蔵国」として成立しました。いわゆる武州です。令国制は地方行政区分であり、いまでいう都道府県制ですね。ずばり、今で言う一都二県の一部は令国制の下、併せて武蔵国として産声をあげました。また、武蔵国の国府(いまでいう県庁)として定められたのが「府中」であり、武蔵国の分寺として定められたのが「国分寺」でした。国分寺はもう焼けてしまってありませんが。

詳細はこちら→分倍河原駅に新田義貞像がある理由!鎌倉幕府と国分寺の消失へ

武蔵国はいつまで存在した?

武蔵野国、実はほんの最近まで存在してました。日本の歴史からみたら都道府県制なんでできてわずか100年ちょいです。武蔵国であった時のほうが東京都である期間よりも遥かに長いんです。ということで、武蔵国が解体されたのは、明治維新後です。いわゆる廃藩置県ですね。いやー残念ですね。東京より武蔵という言葉の方がかっこいいですし、武蔵国の多摩出身ってなんか響きがいいですしね。というより、今の都道府県名より旧国名の方がかっこいい響きが多いのは、やはり現代人はユーモアやセンスがなくなってしまったのでしょうか。

武蔵国の由来

実はこれ、諸説ありますが詳しく分かっていないんです。数々の書物のなかに「ムサシ」という言葉がでてきたり、詩の中にも「ムサシ」と出てくるものはありますが、それが何故武蔵なのか、どうやってその字になったのかはいまだによくわかっていません。歴史というのはそういう自称が数多くありますが、まぁいいんです。武蔵は武蔵なんですから。

みなさんも、「武蔵」とつく地名を訪れるとき、武蔵国に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?
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