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特急かいじとあずさに四つ割菱(武田菱)がある理由

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takedabishi

先日、特急かいじに乗って塩山へ向かいました。かいじは過去何度も乗っていますが、今回初めて発見したことがありました。それは・・・・・かいじ、四つ割菱だらけじゃねぇか!!

四つ割菱(武田菱)とは

三菱じゃないですよ。四つ割菱とは通称武田菱とも言い、かの戦国時代で有名な武田家が使っていた家紋です。武田信玄でも有名ですね。武田の「田」の字を紋様にしたといわれています。この武田菱と風林火山の旗を見るだけで、他国の武将は恐れたとよく言います。武田家の本拠地は甲斐、いまでいう山梨県ですね。そのため、山梨県に行くと今でも多くこの武田菱を目にします。

特急かいじとあずさは四つ割菱(武田菱)だらけ

今回かいじに乗って、何気なく前の椅子を見ていました。そしたらあら、気づいてしまいました。四つ菱じゃねぇか!!と。それがこちら!

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さらに、拡大します。

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そして、日除けレースにも!

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ちなみに、写真はとっていませんが、かいじとあずさの外装にも四つ割菱(武田菱)が施されています。

なぜ四つ割菱(武田菱)か、もうお分かりですね

ここまで読んだ方であれば、もうお分かりですね。かいじとは「甲斐路」のこと、つまり甲斐の国の大名であった武田家の家紋にちなんでその紋様をモチーフとしているわけですね。あずさは松本周辺を流れる「梓川」からとっていますが、あずさはそもそも甲斐を通過しますし、長野、昔でいう信濃も武田信玄が支配していました。

なぜカラフルにした

歴史ファンかつ家紋ファンの自分からすると、四つ割菱(武田菱)を採用していること自体めちゃくちゃうれしいですし、センスがあると思います。だが、あえて一言いうなれば、なぜカラフルにした!ということにつきます。四つ割菱(武田菱)は白地に黒、もしくは赤であるということが大事なんです。それが洗練されたデザインとして確立している四つ割菱(武田菱)であり、威厳があるようにも見えるわけです。なので、せっかく四つ割菱(武田菱)も用いるのであれば、四つ割菱(武田菱)自体はシンプルに、社内はそれにあわせた木調の和のテイストにしてほしかったですね。

ただ、家紋ファンの自分からしてみれば、家紋が採用されているだけで興奮度マックスです。なぜ、いままで気づかなかったのか、不思議です。他の箇所にも四つ割菱(武田菱)が使われていたら、ぜひ教えてください。

家紋が好きな人は、一冊もっておくと重宝しますよ。

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2 Comments

  1. 初コメ失礼します
    諸説あるようですが、武田菱もあずさの模様も白馬村や大町市から見える五竜岳の四つ割菱がモデルと聞いたことがあります。
    白馬村も武田家の統治下の信濃国のはずなのでそれを見て決めて武田家の何者かが御菱山と広めたというのもあながちなくはない話ですよね

    • wpmaster

      2016年1月30日 at 9:01 PM

      あずさくんさん

      コメント、どうもありがとうございます!
      五竜岳の話は私は初耳でした。貴重な情報ありがとうございます。
      確かにおっしゃる通り、白馬も武田信濃領なのでその線の話もなくはないですよね。
      武田信仰が深い地域でもあるので、何か情報がございましたら、また宜しくお願いします。

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