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Tag: 四つ割菱

川浦温泉山県館宿泊記 山県昌景が夢のあと

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山梨県山梨市にある川浦温泉山県館に宿泊しました。JR塩山駅を下車し送迎バスでゆられること約20分、笛吹川上流に佇む山間の旅館は生きる歴史そのものでした。

開祖は武田四天王の山県昌景

この旅館、歴史ファンならたまらない史実があります。それは、開祖がかの武田二十四将であり武田四天王でもある山県昌景なんです!武田ファンならその場にいるだけでやばいです。分かりますかね?この気持ち笑

信玄公の「川浦の湯を整備せよ」という書簡が残っており、そこを整備したのが山県昌景というわけですね。現在の館主は山県家15代目当主だそうです。山県昌景の武勇はすさまじく、三方ヶ原の戦後に徳川家康が「さても山県というもの、おそろしき武将ぞ」と言ったことは有名です。また、山県は赤備でも有名で、その恐ろしさは他国にまでとどろいていました。

まさに山県昌景の博物館

館内には山県昌景にまつわる様々なものが展示されています。はっきりいって、国宝級レベルだと思います。

山県家の家紋は桔梗紋です。まずはこれだけで感動。

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そして玄関を入るとそこには堂々と山県昌景の武具が飾られています。背景の武田菱も良いですね。

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そして武具の横には山県昌景の甲冑が!なんだこの旅館は!国宝級ではないか!

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信玄公と山県昌景の姿絵ですね。右が信玄公、左が昌景公ですね。

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昌景公の墓の写真や昔の旅館の写真もかざられています。

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これは温泉の脱衣場に飾られていました。内容は全て知っていますが、改めてこの地で読むと感動が何百倍です。

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いうまでもなく、山県昌景は自分の中でも大好きな歴史上人物の一人です。そんな地にこれただけで感動ですが、この旅館のもう一つのよさは温泉です。名高い名湯で知られる川浦温泉山県館、次は温泉ソムリエの血が騒ぎます。

つづく。

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塩山の名前の由来と旧高野家甘草屋敷に注目

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山梨の北東部に位置する塩山。何度も車や電車で通っていたのですが、降りたのは初めてです。もちろん、目的は温泉。温泉ソムリエの血が騒ぎます。しかしながら地名ファンとして、塩山っておもしろい地名だとおもいませんか?そもそもこのエリアは大菩薩峠、小仏、釈迦堂、初狩等めずらしい地名が多く存在します。

塩山の地名の由来

塩山は甲州市に属していますが、実際に甲州市の南西部に塩の山(標高554m)に由来します。そしてこの塩の山ですが、もちろん実際に塩がとれていたわけではありません。その語源はしょぼくれるを意味する「しぼむ」「しおる」からきているといわれています。どういうことかと言うと、塩の山に対して、周りには大菩薩嶺を初めとする、2000m級の山々が立ち並んで甲府盆地を形成しています。その盆地の中にぽつんと小さな山がある、その姿が周りの高山と比較し「しおれている」わけです。そこから転じて、「しおやま」つまり「塩山」となったわけですね。

塩山に来たら旧高野家甘草屋敷は見るべし

ところで、塩山駅前にはなんとも立派な屋敷がそびえています。それが、旧高野家で通称甘草屋敷です。

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高野家はこの地で長百姓を務めた家柄で、幕末には名主として苗字帯刀が許されていたそうです。また、高野家は江戸幕府に納める甘草を栽培していたことから、甘草屋敷と呼ばれいます。いわゆる、ステビアですね。

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樋口一葉の資料室を発見!塩山は樋口一葉のご両親が育った場所です。一葉の作品にも塩山が登場します。

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なんと、レンタサイクルがありました。馬屋にいまは自転車がおかれているのは、滑稽ですね。amakusa6奥の建物は子供図書館といして開放されていました。こんなところで一日ゆくーりと本読んでいたい。。。

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きちんと水神宮がまつられていました。良い風情ですね。

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ここも昔のまま。それにしても、でかい!どれだけの富豪だったかを物語っています。

中に入るためには入館料が必要ですが、それ以外のエリアは自由に見ることができます。また、実際に甘草も育成しており、育成過程を見ることができるようになっています。ここは、塩山にきたら絶対に来たほうが良いですよ。北口徒歩1分もかかりません。

ちなみに、四つ割菱(武田菱)もちゃんとあるよ

前回記事(特急かいじとあずさに四つ割菱(武田菱)がある理由)でも書いた通り、塩山にも武田菱がいたるところにあります。まずは、信玄公。

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そして、公衆トイレにも!

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でも菱に採光窓いれちゃだめでしょ!笑 しかし、こういう統一性はすばらしいですね。それだけで特別な場所に来ている感じがしますから。さて、いよいよ温泉へ!
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特急かいじとあずさに四つ割菱(武田菱)がある理由

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先日、特急かいじに乗って塩山へ向かいました。かいじは過去何度も乗っていますが、今回初めて発見したことがありました。それは・・・・・かいじ、四つ割菱だらけじゃねぇか!!

四つ割菱(武田菱)とは

三菱じゃないですよ。四つ割菱とは通称武田菱とも言い、かの戦国時代で有名な武田家が使っていた家紋です。武田信玄でも有名ですね。武田の「田」の字を紋様にしたといわれています。この武田菱と風林火山の旗を見るだけで、他国の武将は恐れたとよく言います。武田家の本拠地は甲斐、いまでいう山梨県ですね。そのため、山梨県に行くと今でも多くこの武田菱を目にします。

特急かいじとあずさは四つ割菱(武田菱)だらけ

今回かいじに乗って、何気なく前の椅子を見ていました。そしたらあら、気づいてしまいました。四つ菱じゃねぇか!!と。それがこちら!

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さらに、拡大します。

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そして、日除けレースにも!

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ちなみに、写真はとっていませんが、かいじとあずさの外装にも四つ割菱(武田菱)が施されています。

なぜ四つ割菱(武田菱)か、もうお分かりですね

ここまで読んだ方であれば、もうお分かりですね。かいじとは「甲斐路」のこと、つまり甲斐の国の大名であった武田家の家紋にちなんでその紋様をモチーフとしているわけですね。あずさは松本周辺を流れる「梓川」からとっていますが、あずさはそもそも甲斐を通過しますし、長野、昔でいう信濃も武田信玄が支配していました。

なぜカラフルにした

歴史ファンかつ家紋ファンの自分からすると、四つ割菱(武田菱)を採用していること自体めちゃくちゃうれしいですし、センスがあると思います。だが、あえて一言いうなれば、なぜカラフルにした!ということにつきます。四つ割菱(武田菱)は白地に黒、もしくは赤であるということが大事なんです。それが洗練されたデザインとして確立している四つ割菱(武田菱)であり、威厳があるようにも見えるわけです。なので、せっかく四つ割菱(武田菱)も用いるのであれば、四つ割菱(武田菱)自体はシンプルに、社内はそれにあわせた木調の和のテイストにしてほしかったですね。

ただ、家紋ファンの自分からしてみれば、家紋が採用されているだけで興奮度マックスです。なぜ、いままで気づかなかったのか、不思議です。他の箇所にも四つ割菱(武田菱)が使われていたら、ぜひ教えてください。

家紋が好きな人は、一冊もっておくと重宝しますよ。

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